今日は、「東海道57次」を追うウオークの3回目を行いました。
コースは、山科〜伏見〜淀。

本日のウオーキング歩数、30,376歩。


2006年9月10日(日)




六地蔵から地下鉄に乗り、京都市営地下鉄の「小野」で下車。
第1回目の57次を追うウオークで大津から歩破した最終地点に到着。
今日はここがスタート地点になります。
ここを右折。



雨が降り出したので傘を差しながら歩きます。
外環「小野」交差点着。
ここを直進。



修善寺橋で山科川を渡ります。



道路沿いから、修善寺の4つの石碑を見ることができます。



石碑の一つ。
愛宕常夜燈。



背丈の低い石碑。
「文化元年九月」と刻んであります。



「南 右大津 左京道」「北 すくふしみ道」と刻んであります。
「すくふしみ」とは・・・・。
そうか!「すぐ伏見」なのかも。



修善寺に突き当たるT字路を左折。
修善寺に沿って少しだけ歩くと信号があります。
ここを右折。



右折すると、左側に八幡宮が見えてきます。



程なく名神高速道路に突き当たります。
旧東海道はこの高速道路の下になっています。
高速沿いに歩を進めます。



雨が降ったりやんだり。
もう5回以上、傘を差したりたたんだりしました。
湿気が多いのに、雲が切れて日が差します。
tシャツが汗でずぶ濡れ。
すごい蒸し暑さ。(@_@;)



名神高速沿いは車が多く、そして日陰もありません。
高速の下をくぐるトンネルがあったので、トンネルをくぐり高速道路の北側へ。
車も走らないし日陰もあり。
歩くのがかなり楽になりました。



愛宕山の石碑。
この辺りは、名神高速道路の下ではなくここがどうやら旧東海道のようです。
名神高速はカーブが少なく造ってあるので、あるいは旧東海道がこの辺りで曲がっていて、ここには旧東海道が一部残っているのかもしれません。



道端の畑には、もうコスモスの花が咲いていました。
この辺りで旧東海道を追うのなら、名神高速の北側の道がお勧めです。



川幅が2m程の小さな川を渡る橋。
そこにこんな装置がついていました。
季節によって橋が膨張したり縮んだりするので、その対策用の装置のようです。



ここの先は道が細くなり上り坂。
ここを左折し、名神高速道路の南側に戻ります。



名神高速道路の南側に戻ると、道は高速から離れます。
京都ピアノ技術専門学校前通過。



通学にはかなり不便な場所に思いますが、こんな専門学校は私は他には知りません。
こういう学校を必要としている人とっては、通学の不便さなど大したことがないのかもしれません。



京都ピアノ技術専門学校の前を越えるとすぐに道が二手に分かれます。
旧東海道は右側の道になります。



右側の細い道に入り直進。



軒先にこんな物が置いてある家がありました。



旧東海道の雰囲気が感じられます。



幹線道路とまた合流。
深草谷口町交差点です。
ここでは幹線道路の他に右に行く道が2本ありますが、そのいずれでもなく幹線道路に再び入るのが東海道。



栗の木発見。



栗の実がすくすくと育っていました。



前方にJRの高架が見えてくる辺りで、幹線道路から外れて左折。
この角の建物は「寿司銀平」ですが、今年2006年8月に廃業されたようです。
この左折する道はかなり分かり難いと思います。



上り坂の横には石地蔵様が。
かつて東海道を行きかった人達は、こんな路傍の地蔵様に旅の安全をきっと念じたことでしょう。



玄関横に鬼瓦を置いてある家がありました。



車と電線、それにコンクリートやアスファルトがなければ、そのまま時代劇の撮影に使えそうな そんな家並みが続きます。



道端にはいくつもの石地蔵様がおられます。



信号のない、とっても小さなt字路(変則十字路)に着きました。
ここを右折。



t字路(変則十字路)を右折して進んでいくと、見覚えのある場所に来ました。
左側の天理教の建物の手前で右折し、JR奈良線を越えます。



JR奈良線の上を越えて線路沿いに南進。



蔵が見えてきました。



蔵がある家を越えるとすぐに十字路。
ここを左に行くとJR奈良線・JR藤森駅。
ここを駅と反対の方向、つまり右に曲がります。




十字路を右折してすぐ西福寺前通過。



長い下り坂。
ここまで来れば、もう地理は分かります。(^_^)v



藤森神社前通過。



t字路に突き当たりました。
ここを左折。



「ここ」と言うより、「たこやき屋さん」(明石水産)前を左折と表現した方がいいのかもしれません。
おいしそうなたこやきが焼けていました。
このたこやきをあてにして、冷たいビールをキュッ!
いいですねえ。
汗だくなので、たまらなくおいしいはず。
でも、経費節減のため「忍」の一字。



たこやき屋さんの角を左折して、最初の信号着。
ここを右折。



右折すれば墨染通り。
墨染め通りを直進。
京阪電車の踏切を渡り、墨染橋で琵琶湖疎水を渡ります。



墨染郵便局を越え京町通り着。
ここを左折します。



国道24号線交差点の手前右側にある「撞木町廊入口」と刻まれて門柱。
ここ「撞木町廊」は、大石内蔵助が吉良方の目をあざむくため、遊びほうけたように装った場所なのです。



国道24号線を直進して横切ると、すぐに信号がない小さな交差点があります。
ここを右折。



右折して直進。
すぐに両替通りに突き当たります。
ここを左折。



近鉄京都線の下をくぐります。
京町通や両替町通は、家康が銀座を置き銀貨を造らせたところ。
ここ伏見の銀座は有名な東京の銀座よりはるかに歴史が古く、日本初の銀座だったのです。



路傍にはいくつもの石地蔵様が。



きれいな花!



左側においしそうなお饅頭などを売っている「ゲッペン菓子店」がある交差点。
ここを右折し丹波橋通りへ。



丹波橋通りに入るとすぐ左側に勝念寺。
勝念寺門前には、「天明義民柴屋伊兵衛墓所」と刻まれた石碑が。



道路を挟んだ勝念寺の向かいには本成寺(ほんじょうじ)。



本成寺(ほんじょうじ)。境内へ
ここ本成寺の地蔵堂には小野篁作と伝えられる木造地蔵菩薩像一体が安置されているそうです。



妙栄水の説明。



勝念寺と本成寺を越えて進んでいくと信号がある交差点に。
ここを左折。



酒造工場を見ながらのウオーク。
伏見ならでは。



玄忠寺前着。
「伏見義民小林勘次之碑」が立っています。
小林勘次氏は、命を賭して淀川奉行の横暴を江戸へ直訴した人。




玄忠寺横のこの信号を右折。
下板橋通りへ。



伏見福祉事務所の信号がある交差点。
ここを左折。



信号の所にある、板橋小学校前の石碑。
旧東海道と何か関係がある石碑なんでしょうか。



松林院着。
ここには、寺田屋女将お登勢のお墓があります。



松林院には朝顔が咲き誇っていました。
確かこれは、沖縄朝顔のはず。
沖縄朝顔は、つるが木のようになり、霜が降る頃まで花が咲き続ける強靭な朝顔です。



松林院の向かい側の大黒寺境内へ。
伏見の名水の一つである金運清水。



大黒寺の説明。



境内にある、西郷隆盛直筆の字が刻んである、寺田屋騒動で亡くなった薩摩藩士達の墓石。



大黒寺の右向かいには喜運寺が



喜運寺のすぐ横には、伏見でも最古級だとされる金札宮



どんどん進み、伏見区役所前交差点着。
この信号を更に直進。



酒粕ラーメンのお店!
う、うまそう。
でも、当然「忍」の一字。



道がよく分からなくなったので、のらくろ戦隊の犬夜叉隊長のアジトに駆け込みいくつか不明の点を教えていただきました。
犬夜叉隊長、おおきに〜。
助かりました。
この先の、朝山眼科がある交差点を右折して油掛通へ。



カッパカントリー前通過。



西岸寺着。
お参りすることにします。



本堂。



境内の芭蕉塚。



西岸寺でのお参りを終え、少し進み駿※屋本店さん前の交差点へ。



交差点角には、「電気鉄道事業発祥の地」の石碑。



「電気鉄道事業発祥の地」の石碑がある交差点で左折。
疎水をまたぐ京橋を渡ります。



京橋の説明。



京橋の上から三十石船を眺めます。



京橋を越え更に進むと、京阪電車中書島駅への分岐が。




一番右の道へ。
「ラーメンひよこ」があった建物がある交差点へ。
道産子ラーメンがなくなり、代わりにできた「ラーメンひよこ」も営業をやめてしまったようです。
ここを右に。



琵琶湖疎水は、この辺りでは壕川と名前を変えます。
その壕川を、肥後橋で渡ります。



肥後橋上で見る十石船。



肥後橋を渡り左折。
壕川沿いを進みます。



壕川沿いにも石地蔵様が。



伏見みなと公園へ。



葦のようなものが立てかけられ、人が多く集まっていました。



三栖こう門。



三十石船が、モニュメントで再現されていました。



当時のままの三栖こう門。
ただし、色は塗り直しされています。



宇治川右岸堤防着。
右折し、宇治川下流へ。



高瀬川を渡ります。
今はある橋は昔はここになかったはず。
当時の人はここ高瀬川を、どのような方法で渡ったんだろう!?



高瀬川を越えて宇治川の流れを左に見ながら、更に西進。



第二京阪の京都南大橋下通過



前方に国道1号線が。
国道1号線を歩いて渡るのは極めて危険。
国道1号線を右折してからすぐ右側に大きなパチンコ屋があるので、その付近で国道1号線の下をくぐることが可能。
しかし今日は何度も何度も突風と雨に見舞われ時間的に厳しくなりつつあります。
国道1号線の下を宇治川沿いに越えます。



雑草やゴミや何やら得体の知れないものを踏みながら国道1号線の下を何とか越えました。(>_<)
国道1号線を越えるのに川沿いをくぐるのはお勧めできません。
汚い物や得体の知れないものが多過ぎ。
「動物などの屍骸がなかったことが嬉しい!」ってコースでした。
もう2度と宇治川沿いに国道1号線を越えないようにしようと思います。
それでも何でも!
何とか国道1号線を越えました。
国道1号線を越えてから宇治川右岸を更に前進!
「空の上でバケツをひっくり返したのはだれじゃ〜!」って叫びたくなるような雨に遭いながらもひたすら前へ前へと進みます。
持っている傘の柄が写真右下に「友情出演」。(^_^;)



京阪本線の踏み切りを越えます。



また激しくなった雨の中を更に前進!



「史蹟戊辰役激戦之址」着。



慰霊石碑前には、生花が常に絶えることなく供えられています。
敗退した幕府軍は至近の幕府側の淀藩に入城をしようとしたにもかかわらず、淀藩主は幕府軍に対して門を閉ざして開けませんでした。
淀藩に裏切られた幕府軍は、いた仕方なく橋本まで敗走。
それ以後、幕府軍は次第に弱体化していくことに。



そろそろ時間切れ。
京阪電車・淀駅へ向かいます。



淀駅着。
本日の全ての作戦行動を終え、帰路に。



東海道57次全線ウオーク。
少しだけ、その駒の歩みを進めることができました。


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