今日は、ウオーキングで船岡山を目指しました。
遅く家を出たのに加え、宇治からのウオーキング。
本当は聚楽第跡と応仁の乱ゆかりの地を巡る計画だったのですが、ほとんど周れませんでした。
日没近くになってきたので「北野天満宮の梅を見てから帰ろう」と思って北進したら、なぜか大徳寺に着きました。(>_<)
でも大徳寺境内を少しだけ周ってから、京都行きのバスに乗ったら何と!
建勲神社の次が船岡山のバス停でした。
一応「船岡山が最終地」という目的だけは達成できた一日になりました。
本日のウオーキング歩数、54,743歩。
2006年3月5日(日)
自宅を出発。
北進途中、茶畑用に保存してある藁を見ました。
宇治らしい風景。
1週間前の大雨の時に通った近鉄沿いの道を北進します。
いつも通る国道24号線は車が多いのでラジオが聞こえにくいからです。
だって、「仁鶴の日曜想い出メロディ」を聞きながら歩きたいので・・・・・。(^_^;)
田んぼの中にきれいな花が咲いている桃の木が。
雄大な巨椋(おぐら)池干拓地。
京滋バイパス下通過。
近鉄特急通過。
宇治川左岸着。
観月橋を渡って宇治川右岸へ。
爽やかな いい天気!
近鉄丹波橋駅通過。
西進し、京阪電車の踏み切り通過。
京阪特急通過。
京阪電車のガードをくぐります。
電車三昧。(^^♪
渇水期の今、疎水には水が流れていません。
少し残っている水で魚獲りを楽しんでいる家族がいました。
京阪電車・藤森駅&名神高速道路の高架下通過。
疎水沿いにキレイな梅が咲いていました。
ちょうど家の方が外に出ておられたので、声をかけて写真を撮らせていただきました。
伏見稲荷着。
伏見稲荷大社前通過。
田中神社境内の大木が見えてきました。
田中神社前通過。
東福寺着。
境内にミカンと梅のキレイな木が。
梅の花はかなり咲いてきているようです。
もう春ですね〜。(^^♪
先を急ぎます。
臥雲橋。
明暗寺前通過。
羅刹谷跡通過。
コースから考えると、まずは豊国廟に行くのが一番いいと思われます。
豊国廟を目指します。
もうタンポポも咲いていました!
かなり空腹になってきました。
豊国廟に行く予定を変更して昼食を摂る予定をしている場所に向かいます。
鴨川左岸から右岸へ。
京都タワーが見えてきました。
そう!
昼食を摂るのは、たかばしの第一旭本店なのです。
かなり行列ができていたので結構待って、やっと店内へ。
注文の品って言うか、私の顔を見た店員さんが私の顔を見るなり調理場の人へ「肉なし大盛り・かたい目・ネギ多め」と私の注文も聞かずに気を利かせてオーダー。
あとからおっとりと私に注文をとりに来たおばさんに、調理場からは「(注文は)もう入っている」ってことばが飛びます。
席に座ったら既に注文が入っているって、空腹の身には極めてありがたいことです。(^_^)v
昼食を終え東進。
高瀬川の清流を越えます。
再び鴨川。
右岸から左岸へ。
京都には、奈良よりも大きい大仏がかつてはありました。
その面影を残す交番名。
もう桜が咲いていました!
今年始めて見る桜の花。
この石碑は何回も見たことがありますが、「豊国廟」って何なのか最近まで知りませんでした。
「女坂」を東進。
今日は京女の入学試験の発表があったようです。
時間が遅いのであまり人はいませんでしたが、でも記念写真を撮ったり、あるいは親子で下宿の相談を不動産屋さんでしていると思われる姿が見られました。
合格、おめでとう!!
新日吉神宮(いまひえじんぐう)着。
境内へ入ります。
歴史がありそうな建物が。
この猿。
御所の「猿が辻」や、赤山禅院と同じく檻に入っています。
「人がいたずらしないように」ってことで檻の中に入っているわけでなく、ひよっとしたら猿が辻や赤山禅院と同じく「猿が夜になったら出歩かないように」ってことで檻に入っているんでしょうか。
こんなものがありました。
「いまひえ」って名前が「比叡山」とダブります。
新日吉神宮を後にして豊国廟着。
「太閤坦」(たいこうだいら)。
元はここに豊国神社がありました。
しかし豊臣家が滅びた後、徳川家康の手によってここにあった豊国神社は破壊されてしまいます。
豊国廟へ。
この門の手前左側に詰所があり、そこのおじさんがしっかりと50円を請求しました。
階段を上がるのに50円要るのです。
豊国廟の説明板。
いざ!階段へ。
でも、あまり大した階段のようではありません。
段差もゆったりとしています。
程なく階段を上り終えました。
ゲゲッ!
またまた階段が。(>_<)
階段を上がりきりました。
あんまり大した階段ではありませんでした。
段数は、既に上ったクマちゃんから「523段です」って教えてもらっていたので数えずに上がりました。
阿弥陀ヶ峰山頂にある秀吉の墓所。
家康によって破壊された秀吉の墓所は荒れるままでしたが、1897年の秀吉300年忌に高さ10mのこの石塔が建立されました。
なぜか、ここで思わずハプニングが。
石塔を写した後 写真を確認すると、上部3分の1に石塔の形は写っているもののねずみ色。
下3分の2は、真っ黒。(>_<)
新しいカメラでこんなことは初めて。
秀ちゃんは、私に何かサインを送ってくれたのかな?!
んなことはありませんね。
カメラの調子が悪くなったようです。
以前のカメラも、何回か同じ症状を起こしたことがあります。
豊国廟から下山し再び「太閤坦」へ。
太閤坦を後にして西進。
「女坂」のゆえんを見ます。
プリンセス・ライン。
こんなバスがあるのは、今日初めて知りました。
京女と京都駅八条口を結ぶバス路線です。
京女出身の我が愛妻に、帰宅後「プリンセス・ラインって知ってる?」って尋ねると「知りません」って返事が。
以前はなかったバス路線のようです。
でも帰路で歩いていると、結構何度もこのバスを見かけました。
七条通にある加茂七名庭着。
とっても小さな庭園ですが、街の真ん中の幹線道路沿いにこんな庭園があるのに驚きます。
庭園内のピンクがかった馬酔木の花。
西本願寺南側のお寺着。
このお寺の境内から、聚楽第・飛雲閣がとってもよく見えるのです。
ピンクの梅の花ががキレイ!
ズーム!
西本願寺境内にある「聚楽第・飛雲閣」。
でもこの写真は、今日写したものではありません。
今日はこの飛雲閣を3枚写しましたが、いずれもピンボケ。(>_<)
なぜか今日はカメラの調子が悪かったです。
この写真は、今年1月16日に写したもの。
太鼓楼。
これは今日写したものです。
このレポで今日写さなかった写真は、上の一枚「悲雲閣」のみです。
早咲き桜で有名な「光徳公園」着。
光徳公園内。
白い桜の花が、もう咲いていました!
光徳公園を後にして北進。
「新撰組グッズ」の店通過。
壬生寺着。
千体仏塔が青空に映えます。
参拝します。
壬生寺を後に。
この辺りの風景は、西岸良平さんの「三丁目の夕陽」を連想させます。
ドンドン北進。
「おぬしも悪しゃのう」の石碑(オイオイ)発見。
平安京「大内裏」石碑前通過。
出世稲荷神社着。
秀吉は幼少から稲荷神社の信仰があつかったとか。
聚楽第造営の時、秀吉は「天下統一ができたのはお稲荷さんのおかげ!」と考え、聚楽第内にこの稲荷を持ってきます。
その後、聚楽第に来た後陽天皇がここに参拝し「出世稲荷」と命名。
それがゆえ、開運出世を祈願する大名達でこの神社は大いに栄えました。
三石社。
勝負運の神を祀ります。
出世稲荷社本殿。
神社のいわれ。
二条城児童公園着。
桜が咲いていました!
ズーム!
せっかく二条城児童公園に行ったのに、「鵺(ぬえ)大明神」に寄るのを忘れていました。(>_<)
まあ、いいか。
二条城北門前通過。
堀川通り着。
高野悦子さんがアルバイトをして、とっても充実した時間を過ごした場所である京都国際ホテルまでやって来ました。
メインダイニングの他にビアホールでも働いていた悦子さん。
あそこでもがんばっていたんでしょうか・・・・・・。
喉が渇きました。
京都国際ホテル近くの販売機で飲料を買います。
選んだのは「復刻堂」のドリンク。
伊藤仁斎宅跡。
伊藤仁斎宅跡の石碑。
わお!
想い出の場所通過。
掘川第一橋着!
中立売通りにあるので「中立売橋」とも呼ばれています。
1588年に後陽天皇が御所から聚楽第に入る際に通ったのがこの堀川第一橋。
堀川第一橋を後にして「聚楽城・鵲橋乃遺跡(じゅらくじょう かささぎばしのいせき)」へ。
今は、松永稲荷大明神が。
ここは、聚楽第二ノ丸の南東の内側だった場所。
鵲大明神の石碑。
「聚楽城・鵲橋乃遺跡(じゅらくじょう かささぎばしのいせき)」の石碑。
聚楽第の遺構は、ほぼ例外なく場所を移されました。
ここ、「梅雨の井」を除いては・・・・・・。
その貴重な場所を示す案内板。
町衆の手による案内板の雰囲気。
その貴重な遺跡がここに!
「史跡・聚楽第址梅雨の井 京都府」の説明板が。
でも、ロープが張ってあって近づけません。
聚楽第建設当時から場所を移さないで残っている唯一の遺跡の保存状況がこのありさま。(>_<)
「k産党を除く全ての政党が与党」というとんでもない病気にかかっている京都府政の「真髄」を見る思いがして、何だかめまいがしてきました。
近づけないので遠目に遺構を眺めます。
グリーンの説明板も町衆の心意気でできた雰囲気がありあり。
で、京都府・市政は一体どんなことを・・・・・?
こんな感じです。
私たちが支払っている高額の府民税は、一体どんなことに使われているのでしょうか。
気を取り直して、更に北上。
知恵光院着。
ここには初めて来ました。
知恵光院の説明板。
知恵光院付近で日没を迎えました。
燃えるような残照。
首途(かどで)八幡宮前通過。
首途(かどで)八幡宮。
説明板。
「帰る前に北野天満宮の梅を見よう」と思って北上していたのに、なぜか大徳寺に着きました。(>_<)
夜の帳に包まれる直前の大徳寺。
大徳寺納豆の説明石碑。
大徳寺から、京都駅行きのバスに乗りました。
建勲神社の次のバス停は「船岡山」。
「最終目的地は船岡山」と決めた予定は、結果的にかないました。
京都駅ビル最上階へ。
空飛ぶ円盤のようなものが。(@_@;)
屋上に庭園がありました。
京都駅南側の夜景。
下ります。
デコレーションはもう春モード!
エスカレーターの途中階で寄り道。
京都駅前の風景。
快速に乗り帰宅。
8時間で40kmを歩きました。
聚楽第や応仁の乱の跡地めぐりはほとんどできなかったけれど、それでも素晴らしい時間が過ごせました!
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