今日は午前11時に家を出て、ウオーキングで浜大津港を目指しました。
夕刻に用事があるので遅くならないように速歩でずっと歩き、宇治橋から浜大津港まで3時間半でした。
「宇治橋から浜大津港まで意外と近いな」って感じました。
時間さえあれば、ウオーキングで往復することも余裕でできる距離です。

本日のウオーキング歩数、32,185歩。

2006年1月21日(日)




ウオーキングで自宅を出発。
宇治神社・お旅所前通過。



宇治橋通りを東進しJR宇治駅前通過。
いい天気!!



JR宇治駅前にある源氏物語のモニュメント。



宇治橋西詰め着。
写真中央やや右よりの奥に、手前の山より高そうな山があります。
あれがおそらく、昨日登った槇尾山。



紫式部像の向こう側には大吉山の姿が。



式部像をズーム!



宇治橋を渡ります。



宇治橋「三の間」。
かつてはこの三の間に橋姫が祀られていたと言われています。



宇治橋を渡りきり、京阪宇治駅へ。
駅前の木に「宿木」が。



京阪電車宇治線の終点である宇治駅の駅舎。



駅の地下を通り、自転車置き場前を横切って駅舎東側へ。



京阪電車宇治線の線路に沿って歩きます。
何だか人間の足のような形に見える大根が。



三室戸駅手前で踏み切りを渡ります。



三室戸駅前を通過して、歩くスピードを速めます。
何だか面白そうなものが。



京都大学宇治キャンパス前通過。



隠元橋付近で、再び宇治線の踏切を越えます。



古くて味がある建物。



許波多神社前通過。



前方に旧陸軍宇治火薬製造所の引込み線跡が見えてきました。
この引込み線跡を見るたびに、「決して戦争のことを忘れてはいけない」と思います。



引込み線跡の高架下。



「愛宕ケーブル跡の高架とそっくりだな」ってことを、ここを通るたびに感じます。



日野誕生院の石碑。
今日は時間があまりないので寄らずに素通り。



古い歴史がある奈良街道。
石碑を何度も見かけます。



腹帯地蔵前通過。



この腹帯地蔵は、正式には善願寺と言います。



間もなく醍醐寺。



醍醐寺前通過。
先を急ぎます。



雄大な風景を眺めながら進撃。
昼食タイムにします。
家を出る時テーブルの上にあった菓子パン2個をウエストポーチに入れてきました。
その2個のパンがが昼食。
それを飲料なしで、歩きながらよく噛んで食べます。
テクテク、パクパク・・・・。(^_^;)



名神高速道路高架下着。
ここを右折。



名神の高架南側をテクテクと東進。



結構歩いて、国道1号線着。
逢坂山の坂をエッチラオッチラ。



ずっといい天気でしたが、この時間になって前方の空から雲が広がってきました。



大津算盤の石碑。
東街道筋のこの辺りでは、江戸時代に大津算盤が売られていたそうです。



逢坂山の坂を上りきり、ここからは下りになります。
って言ってもウオーキングなので、よっぽどきつい場合は別ですがこの程度の坂なら上りであろうが下りであろうが同じこと。



「逢坂山関跡」の石碑。
ここに関所があったんでしょうね。
関所に最適な地形だと思い、一人で納得。



途中まであった歩道が急になくなり、後ろから来る猛スピードの車に気をつけながら浜大津港を目指します。
浜大津港に肉薄する場所に至りました。



JR東海道線の鉄橋の下を、京阪電車が通ります。



京大防災研究所付属地震予知研究センター着。
ここに寄るため、歩道のない側の道を歩いてきました。
歩道のある側を歩くと、浜大津方面と国道1号線との分岐の所で信号がない道路を横断しなくてはならないので極めて危険なのです。



地震予知研究センター敷地内へ。
ここへの立ち入りは禁止されていません。
車は入れませんが歩行者は自由に入れます。



ここへ寄った目的はこれ。
そしてここへ自由に入れる理由はこれがあるから。
この地震予知研究センター敷地内には、国鉄時代の逢坂山隧道(ずいどう=トンネル)があるのです。



隧道の説明板。
ひっそりとしているここには、日本人技術者が外国技術の援助を得ずに設計・施工した日本初の山岳隧道という、歴史的な遺構である逢坂山隧道が残っているのです。



隧道跡。
途中までですが、隧道内部に入ることもできます。



隧道上部の石額。
隧道が竣工した1880年当時の太政大臣であった三條実美の書です。



隧道内部。
完成から120年以上経ているのに、今でも現役のトンネルとして使えそうな頑強さ保っているように見えます。



もう1本 隧道があります。
上りと下りの複線用なのでしょうか。
こちらの隧道は中に入ることができません。



2本の隧道の位置。



地震予知研究センターを後にします。
逢坂の説明が詳しく書かれた石碑。



ついにここまでやって来ました!
浜大津港まで、あとほんの少し。
気温は7℃。
さほど低い気温ではないのですが、歩くのをやめると、あるいは歩みを遅くすると汗ばんでいる体が寒くなってきます。
脱いでいたジャンパーを着込みます。



関蝉丸神社に寄るため、神社専用の京阪電車踏み切りを渡ります。



関蝉丸神社の説明板。
この「謡曲史跡保存会」の説明板は、怖そうな言い伝えがある場所でよく見かけます。
謡曲に謡われる話ってのは、きっとそうした人間のドロドロとした一面を表しているものが多いのでしょうね。
五条通にある「鉄輪」(かなわ)ゆかりの命婦稲荷にも、この謡曲史跡保存会の説明板があったことを思い出しました。



歴史が古く、そして過去には日本国中の音曲諸芸道の神とされていた事さえあるこの関蝉丸神社。
今は昔。
実にひっそりとしていました。



関蝉丸神社本殿。
境内は無人です。



東海道線逢坂山トンネル。
この左側は、かなり以前の建築だという雰囲気。
外観だけで判断すると、先程寄った旧・逢坂山隧道と変わらないようにも思えます。(^_^;)
逢坂山隧道の位置が変わったのには それなりの理由があります。
書くと長くなるでここでは省略しますが、興味のある方はどうぞお調べ下さい。



関蝉丸神社を後にして、更に浜大津港に近づきました。
京阪電車の線路では凍結防止のためでしょうか、湯気が出ている場所がありました。



京阪電車通過。



この辺りで、京阪電車は「路面電車バージョン」に。
前方が赤信号のため、電車が停車しています。
路面電車バージョンの京阪電車は、信号をしっかりと守る実に良い子ちゃんなのです。



琵琶湖岸着!
宇治橋付近からここまで、ウオーキングで3時間半弱で来ることができました。
当初考えていたよりはるかに短時間で来ることができました。



ユリカモメの大群が。(@_@;)



ユリカモメにパンのヘタをあげている人がいました。
ユリカモメは乱舞しながら、その餌をもらいに人間に極端に近づいています。
ユリカモメってかわいいけれど、とってもパワフルだなって思います。



外輪船ミシガンよりも遠距離を航行する客船「うみのこ」が停泊していました。



「うみのこ」のブリッジをズーム!



「うみのこ」の緊急脱出用ボート。
映画「タイタニック」を思い出します。



浜大津港付近を散策。



湖(うみ)の船舶火災に備えて停泊する消防船。



消防船をズーム!。



浜大津港にいた人にJR大津駅の場所を聞くと、説明の後で「15〜20分ほどかかるのでバスで行かはったほうがいいですよ」とのアドバイスももらいました。
でもウオーキングで、それも超速足で大津駅を目指します。
浜大津港からここJR大津駅まで、7分程で来ることができました。



ホームに入ると、タイミングよく電車がやって来ました。



大津駅の次は山科、そして京都です。
「すぐ着くだろうな」と考えていたけれど、考えていたより長い時間電車に乗って京都駅に着きました。
京都駅からは奈良線に。
停車している奈良線の電車が見えてきました。



京都駅から、奈良線の快速に乗り込みました。
快速の車内風景。



JR宇治駅着。
さてさて。
ここからまた歩きますか!



自宅に無事帰宅。
パソコン横にこんなものが置いてありました。
そうだ、昨日は100均でこれを買ったんです。
時間があれば、モスラ号に取り付けようっと。




宇治橋からウオーキングで浜大津まで。
それはかなりの距離だと考えていたんですが、実際にはそうではありませんでした。
早い時間に出発したら、明るいうちにウオーキングで往復することは十分に可能な距離。
宇治橋から浜大津港までの片道で、見学時間を含めてたった約3時間半でした。
宇治橋〜浜大津港は、おそらく20km程。
歩いたのは32,185歩で、私が2歩歩くと約1.6m。
32,185歩÷2×1.6を計算すると25,478mです。
「宇治橋〜浜大津間は意外と近い!」ってのが今日歩いた感想でした。


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