多忙期を終えた今、年次有給休暇が多く残っていて年末でかなり捨てることになるので今日は休暇を取りました。
朝から宇治川周辺のウオーキングを楽しみました。

本日のウオーキング歩数 15,455歩。

2005年12月28日(水)




テクテク歩いて、比叡山がとってもよく見えるこんな場所に来ました。
比叡山は雪雲に覆われて見えません。



ユニチカ宇治工場。
かつては宇治の主要産業で、ここの煙突から出る亜硫酸ガスなどで平等院の鳳凰が腐食するので鳳凰は屋内に保存されることになったと新聞で読んだ記憶があります。
公害防止設備が設置された工場は時代の流れと共に縮小され、今の工場風景を過去と比べると隔世の感があります。



JR奈良線の下を宇治橋方面へ。



宇治橋西詰め着。



楽しそうなお店があります。



平等院山門着。



人は少ないですが、今日は平等院の「すす払い」の日です。



平等院三門近くには、時期外れの紅葉が。



ズーム!



宇治川左岸堤防へ。
宿木発見!



源氏物語の「宿木」は この宿木です。(この場所のものかどうかは知りませんが)



ズーム!
驚いたことに、実のようなものができていました。



橘橋で塔の島に渡ります。
橋の欄干にユリカモメの姿が。



かわいい!(#^.^#)



ユリカモメの3羽トリオ。(*^_^*)



塔の島着。
すごい数のユリカモメ。(@_@;)



ユリカモメと鳩が仲良くくつろいでいます。



かなり近づいても、警戒はしますが逃げません。



宇治川先陣の碑。
1184年の木曽義仲と源義経の戦いは有名です。
義経の最初の大規模な戦いは、ここが最初だと言われいます。



塔の島から朝霧橋を渡り宇治川右岸へ。
宇治神社の参道では、初詣に備えて提灯の設置の真っ最中でした。



紫式部像。



「利休水」前通過。
これは水道水です。



橋寺放生院。
寄ってみます。



橋寺放生院境内の「宇治橋断碑」。
宇治橋が初めて架けられた記念の石碑で、わが国の碑文でもっとも古いものです。
宇治川の河原から上部三分の一が当時のままの姿で見つかりました。



境内には、干支の守り本尊が。



godzillaの守り本尊は真ん中です。
本尊の前で手を合わせました。



橋寺放生院を後にして南進。
こんな石碑を見つけました。



「翁像」と石碑に刻んであったので付近を捜しましたが、それらしきものはありませんでした。
あったのは、こんな石灯篭がひとつだけ。



再び、宇治神社参道前通過。



観流橋下の激しい流れ。



興聖寺前。



今日も亀石を見ます。



民宿「亀石」。
旅情をかきたてられます。



天ヶ瀬吊り橋。
渡ります。


吊り橋上から見る宇治川上流。



天ヶ瀬吊り橋で宇治川左岸に渡り、左岸を南進開始。



水が少ないので、川底の状態により小さな滝になっているような場所が。



美しい宇治川。
ここは、琵琶湖宇治川国定公園の一部です。



宇治川左岸を離れ、紅葉谷を目指します。



紅葉谷着。
美しい渓谷美を眺めながら、山岳遊撃開始!



おっと!



石というより岩という感じのものが転がっています。



東海自然歩道の案内板。



滝がありました。



歩きやすい山道を進撃。



人里離れた渓谷を歩いているような気がしてくる風景。



紅葉谷を抜けました。
鎌倉時代に建立された九重石塔着。
この石塔は、藤原頼通の娘「四条宮寛子(かんし)」の供養等だと伝えられています。



「金色院」跡。



東海自然歩道案内板。



白山神社山門をくぐります。



地蔵院へ。



「大般若経」についての説明。



境内の宝庫。



白川金色院についての説明。



地蔵院についての説明。
今はとってもひっそりとしているこの白川の地。
かつては、きっと多くの人々が行き交っていたのでしょうね。



地蔵院を後にします。



白川の里を後に。



テクテクしながら標高を上げます。



白川の里 遠望。



太陽が丘ゲート前通過。
もう今日から、スポーツ施設は使えないようです。
車の進入はできまええんが、ウオーキングなどでは自由に使えます。



太陽が丘ゲート付近に咲く美しい寒椿。




忙しかったこの1年。
今年の仕事は全て終わりました。
年末・年始の休暇で、積極的に体を鍛え、そして家事にいそしもうと決意しているgodzillaです。
「文武両道」こそが、我が基本スタンスです。



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