今日は梅雨の雨の中、京阪電車の廃線跡めぐりと音羽山の山岳遊撃を敢行。
「悪代官が、廃止された京阪電車・京津線『三条〜御陵(みささぎ)間』の廃線跡を完全になくそうとしている。」との情報を得て、のらくろ戦隊員1名が決起!
「悪代官に潰される前に、廃線跡を写真に撮って保存しよう!」と決めて行動を起こしましたが、その結果は完敗。(>_<)
廃線跡をかなり探したものの、何の痕跡も発見できませんでした。
恐るべし!悪代官。(ーー;)

一部の政党を除きほとんど全ての政党が与党という「強力な批判勢力なき政治」が、独善と停滞と腐敗を招くのは必然。
そんな政治は、ここ京都に限らず全国に蔓延。
二度と復活できない貴重な鉄道跡を、全く保存しない政治レベルの低さ。
ため息が出ます。
そしてそのような政治を支えているのが、有権者の投票行動。

老後の青写真を描くことができず将来の見通しを持てない国民。
その反面、官僚は無駄遣い三昧の結果、国や地方の借金は天文学的に膨張。
そんな何もかもが、これまでの与党政治の積み重ねが原因。

奇しくも今、東京都議会選挙の開票速報が流れています。
J党が都議会トップ政党確実とか。
心からガックリきますが、それでも私は決して絶望はしていません。
「いつかは政治は変わるはず!」と固く信じています。

本日ウオーキング距離、約20km。(標高593mの音羽山登山を含む。)


2005年7月3日(日)





雨はやんでいますが、徒歩で自宅を出発。
宇治橋西詰め通過。



京阪宇治駅着。
ここから電車に乗ります。



中書島で特急に。



京阪三条駅着。
京都市営・地下鉄東西線の案内が見えます。
京都市営地下鉄東西線の開業に伴い、1997年年10月11日に重複区間の「京阪電車・三条〜御陵(みささぎ)」間が廃止されました。



当然ですが、地下鉄には乗りません。
この道路を、車との共用線路で京阪電鉄・京津線が走っていました。



直進。



白川橋通過。



白川の北側の流れを見ます。
この水は、琵琶湖から流れてきたもの。



粟田神社前通過。



粟田神社近くに、結構大きなお寺があります。



蹴上げ付近までやって来ました。
写真では分かりにくいですが、東山連峰に雲がかかり とっても美しい風景。



蹴上交差点から見る仁王門方面。
廃線跡利用のためと思われる広い歩道を見ることができます。



インクラインのトンネル前通過。



この道がかつては3車線だった頃の名残を残す、車線表示板。
今はもう、使われていませんが・・・・。
時間帯によって、ここから先は1車線だったり2車線だったりしました。
その仕組みは、今でも浜大津付近に残っています。



地下鉄蹴上駅通過。



この辺りでは、車との共用でなく京阪電車専用軌道だったと記憶しています。
この歩道の部分が、おそらくその軌道だったはず。



日向(ひむかい)大神宮前通過。
ここを上がると疎水公園に至ります。
その疎水公園に至る直前の左側に、「蹴上」の地名の元になったと言われている義経がらみのお地蔵様がおられます。



必要以上に広い歩道。
ここが線路跡です。
でも・・・・・・・。
線路跡を示すものは、一切残っていません。(>_<)



九条山らしき辺り。
この辺り一帯は、何と明治時代まで処刑場だったとか・・・・。



「九条山」の標識が。



九条山の陸橋。



石碑発見。
「修路碑」の文字が見えますが、残念ながら何だかよく分かりません。



程なく、日ノ岡。
山科盆地に入ります。



あれあれ。
これは何だろう??



俵があったので持ち上げようとしたら、本物ではありませんでした。
触ってみあたら、麦わらの温かみなど皆無の冷たい感触。
今の政治と同じですがな。(>_<)



「地下鉄東西線の開通に伴い廃線となった京津線」云々、いっぱい書かれていました。
やった〜!p(^^)v
初めて、京津線廃線に伴う遺跡発見!
かと思いきや・・・・・・・。
「牛馬道の再現。」と書かれています。
何のこっちゃ!?



日ノ岡着。
何やら、石碑が見えてきました。



道路工事関連の石碑でした。



またまた石碑が。
「京津国道」の文字が読めます。
つまり今歩いてきた、この道のことなんでしょうね。



日ノ岡宝塔縁起塔着。
説明板を読むと、奈良から京都への遷都以来の千年の間に九条山で1万5,000人もの人が処刑されたとか。
処刑された人へ心を込めて両手を合わせました。



人物石像。



毎年、春・秋に供養が行われているようです。
この卒塔婆は、今年の春の供養のものでしょうね。



日ノ岡宝塔縁起の解説。



また供養塔がありました。



説明板。



明治の「廃仏毀釈」で供養塔は取り壊されます。
この石塔も、溝蓋にされていたとか・・・・。
中央で割れた部分を修復してくっつけた跡や、それに石塔周辺部がかなり損傷していることが、当時の混沌とした状況を今に伝えています。



日ノ岡の市街地着。



地下鉄・御陵駅。
日ノ岡と御陵との街の関係が、よく分かりません。



地下鉄・御陵駅前の石碑。
この石碑の解説によると、「琵琶湖疎水」を引くために必要なレンガが国内では供給不可能。
そこでここ日ノ岡の地に、京都府はレンガ製造工場を建設。
そしてここで製造されたレンガが、琵琶湖疎水の建設に使われたのです。



これが、本物の当時のレンガなら素晴らしいのですが・・・・。



更に東進。
こんな石碑を発見。



「日時計」がありました。



山科駅を目指します。
路傍にこんな石碑が。



京阪電車「山科駅」のホームへ入場。



京阪山科駅。
これまでほとんど来たことがなかった場所fです。



上栄町駅着。
山岳遊撃開始!



雨に煙る大津市街。



お寺を通過。



日ノ岡の処刑場のことを知った後、このようなお地蔵様を見るとホッとします。



東海自然歩道で、音羽山を目指します。



昼にもかかわらず薄暗い山道。



長等公園内着。
なにやら石塔がありました。



長等公園散策マップ。



ひたすら、「音羽山」を目指します。



「大津市内展望」の解説。



雨にもかかわらず、薄っすらと大津市街が見えていました。



濃いガスが出てきました。
(※「ガス」とは、登山者言葉で霧のことです。)



逢坂山歩道橋着!
渡ります。



歩道橋上から京都方向を望む。



薄暗い山道ですが、強烈な上りの階段はしっかりと見えています。
し、しんどそう。(>_<)



霧に煙る山道。
聞こえるのは、鶯の鳴き声のみ。



「音羽山コース」案内板。



汗と雨でズクズクになりながら、何とか標高593mの音羽山着!



音羽山山頂には巨大な鉄塔があり、そのフェンスに記念板がいくつも貼ってありました。



三角点。
晴れていたら抜群の風景なんでしょうね。
さて下山!
ここから京阪石山寺駅まで、およそ8kmの歩きです。



ガスが濃くなってきました。



鶯の鳴き声と、小川のせせらぎ以外は何も聞こえてこない世界。
歌を歌いながら山道を下ります。



道が広くなりました!



ガスがかかる山を眺めながら、標高を下げたことを実感。



人家発見!



「国分」。



泉橋寺前通過。
裸電球の門灯が、何ともたまりません。



京阪電車・石山寺駅近く。
「牛尾観音」の石碑発見。



「天保14年」の文字が。



石山寺駅前着。



駅構内に入ります。



石山着。
JRに乗り換えます。



JRの列車がやって来ました。



京都駅着。
奈良線のホームを目指します。





京都の歴史を少しだけ深く知りました。
雨のこの日、心おきなく歩きました。
そして様々なことを知り、そして経験しました!



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